
皆さんの会社でも、ITエンジニアの採用に苦戦していませんか? 日本全体でIT人材の不足が年々深刻になる中、国内だけで必要なエンジニアを確保することは容易ではありません。2019年に経済産業省が発表した調査では、2018年を基準に 2030年には最大約79万人ものIT人材が不足する と予測されています。
この「前代未聞」の人材難を背景に、海外から優秀なIT人材を採用する動きが加速しています。実際、日本で働く外国人ITエンジニアは2023年時点で約8.5万人に達し、過去10年で約3倍に増加しました。これは、日本のITエンジニア全体の約4%に相当し、今後も増える見込みです。
また、企業における外国人活用は珍しい事ではなくなってきており、厚生労働省の統計によれば、外国人労働者数は2024年に初めて230万人を超えました。
「言葉や文化が違う中、うまく馴染んでくれるだろうか…」
「どんな準備をすれば、ミスマッチを防げるか分からない…」
こうした声が多いのも事実です。実際、2025年のある調査では外国人社員向けの育成プログラムが整っている企業は約5割 にとどまり、特に生活面やキャリア面でのサポートが不足していることが指摘されています。
外国人を採用しても早期に離職してしまうと、採用にかかる時間や人のリソースを考えた場合、本末転倒です。優秀な海外人材に日本で長く活躍してもらうためには、受け入れ企業側の万全な体制や支援を構築する準備が不可欠だと言えるでしょう。
本記事では、初めて外国人IT人材を採用する企業、中小企業の経営者が、外国人採用の不安を解消する10のチェックリストをお伝えします。多言語対応・多文化対応といった現場視点の具体策を中心に、外国人エンジニアがスムーズに馴染み、長く活躍してもらうためのコツと、「今すぐ実践できる」項目にまとめました。自社の現状と照らし合わせながら、ぜひ活用してみてください。
オンボーディング編:外国人IT人材受け入れの事前準備 – 最初の5つのポイント

まずは入社前後の受け入れの際に取り組みたい5つのポイントを紹介します。オンボーディング(新入社員の受け入れ)を万全に行うことが、その後の定着率を大きく左右します。言語の壁や文化の違いによる人材と受け入れ側社員の両方の不安を和らげ、スタートダッシュを支える施策を確認しましょう。
1. 最初が肝心!オンボーディングの事前準備
外国人エンジニアにとって入社初日は“別世界への第一歩”です。右も左も分からない異国で、新しい職場に行き、初めての人たちと外国語で接する事には、大きな不安があるでしょう。最初に感じる不安をいかに減らすか、企業側の相違工夫が欠かせません。企業側がほんの少し事前準備をすることで、「歓迎されている」「安心して働けそう」と思ってもらうことができます。そうすると、その後の会社へのエンゲージメント(愛着心)も高まりやすくなります。
■オンボーディングのチェックポイント
- 英語の簡易マニュアルや文書を用意している(業務手順だけでなく生活情報も含む)
- 初日のスケジュールを事前にメールや動画で共有している
- 職場近辺の生活情報(役所、病院、おすすめのスーパーなど)の地図とリストを渡している
入社初日の安心感が後々の定着率に大きく影響します。最初が肝心です。初日の戸惑いを減らし、暖かく迎え入れる気持ちを表現する「情報提供」によって、まず「この会社でやっていけそうだ」と感じてもらうことができるでしょう。それが、そのまま長期定着につながります。
☆他にもできる工夫例
- 入社時のオリエンテーションで日本のビジネスマナーを説明
- 始業・休憩・終業、申請等の会社のルールを説明
- 近隣施設の案内や行政手続きの支援
「困ったら助けてもらえる」という信頼感を築けます。しっかりとしたオンボーディングを行う企業では、早期離職の防止や戦力化のスピード向上が確認されており、受け入れ初日に投資する価値は大いにあるでしょう。
2. 頼れる味方を用意しよう:「メンター制度」の導入
新しく入った外国人社員にとって、「困ったときに相談できる社内の味方がいる」ということは、何にも代え難い安心材料です。社内に相談相手が“いる”か“いない”かで、心のゆとりが大きく変わります。そこで有効なのが、社内「メンター制度」です。外国人社員でなくても、経験豊富な日本の社員が新人外国人社員のメンター(相談役)となり、新人の業務面・生活面をサポートします。
■メンター制度のチェックポイント
- 配属チーム内に、気軽に話せる日本人スタッフを最低一人はメンター役としてつけている
- メンターにはあらかじめ、何をどこまで手伝うかという具体的なサポート指針が共有されている
- 新人とメンターが定期的に対話できるよう、最初の3か月間、週1回は1on1ミーティングの時間を設けている
メンター制度を取り入れることで、「誰に相談すればいいか分からない…」「誰にも聞いてもらえない」という不安な状態を防げます。
☆ERPソフト大手のワークスアプリケーションズ社の事例
- 日本語力より技術力を重視してグローバルに採用を進め、多国籍の技術者を積極登用している。
- 新人研修で日本語学習支援を行い、既存社員が相談役となるメンター制度を設けるなど定着支援に注力している。
- 50か国以上から人材を採用し、社員の約半数が外国籍となるまでに至っている。
企業の規模に関わらず、社内に「この人に聞けば大丈夫」という存在を作ることで、外国人社員の心理的安全を確保し、長く働いてもらう土台を築けます。
3. 「え、通じてない?」を防ぐ:外国人社員と円滑に働くための社内コミュニケーションのルール
国を超えれば、言語の違いはもちろん、報告・連絡・相談(ホウレンソウ)の仕方や会議での発言スタイルも文化によって異なります。日本人同士では当たり前のコミュニケーションも、外国人には上手く伝わっていない、理解してもらえていない可能性が常にあるのです。「言ったつもりが伝わっていなかった」「黙っているので了解したのかと思った」「実は、通じていなかった」といった誤解を防ぐためのポイントがあります。
■社内のコミュニケーションのチェックポイント
- 社内で使う言語のルール(日本語のみ、英語併用など)を明確に決め、周知している
- 会議やチャットで使える簡単な定型フレーズ集(簡潔な言い回しやリアクション例)や専門用語集を配布している
- 「分からなかったら聞いていいよ」「質問歓迎」というオープンな雰囲気づくりをしている
- 多言語対応ツール(自動翻訳チャットや多言語マニュアル作成ツールなど)の活用を促進する
共通の伝え方のルールを設けることで、言語の誤解や沈黙による行き違いを減らし、外国人社員が抱えがちな遠慮や萎縮を和らげられることができます。ポイントは、相手に「本当に伝わっているか?」を常に確認し合う文化を育むことです。人と人とのコミュニケーションは小さな事の積み重ねです。簡単にできることから始めましょう。
4. 外国人への業務指示の工夫
日本人は、「察すること」「空気を読むこと」が美徳であり、会社でもそれを求められます。ところが、「察してくれ」というのは、外国人にはまず通じません。
仕事に対する期待、明確な指示や説明がなければ、何を期待されているのか、何をどう進めればいいか分からず戸惑うからです。目標設定の方法や仕事の指示の出し方は、誰が聞いても明確に理解できる内容であるか、再点検が必要です。誰にでも分かる形で伝え方のポイントを説明します。
■業務指示のチェックポイント
- 「なるべく早く」「ベストを尽くして」「適宜」等の抽象的な表現を避け、「いつまでに・何を・どの順番で」と具体的に伝えている
- 口頭伝達だけでなく、チャットやプロジェクト管理ツール上でテキストに残している
- 難しい内容や専門用語は、必要に応じてシンプルな英語訳を添えるなど理解を助ける工夫をしている
指示や期待値がクリアになれば、業務上のモヤモヤが減り、気持ちよく仕事ができるため、生産性向上にもつながります。
☆ついやってしまう落とし穴
- 「言われていないけど察してほしい」という場の「空気を読む」ことを求める
- 暗黙知を前提とする
- 業務内容や指示を明文化せず、曖昧にする
- 進捗確認の頻度や報告様式を取り決めない
「細かく指示するのは気が引ける…」と迷うかもしれません。外国人社員が細かすぎると感じた場合、意思表示をしてくれます。ただ、分からない場合は「沈黙」するしかないケースがあり、不安・不満につながりますので、最初は丁寧すぎるくらいでちょうど良いのです。
5. ルールは“わかる言葉”で伝える
社内規定や労務ルールなど、働く上で守るべき決まり事の周知がとても重要です。大前提として、ルールをきちんと理解してもらわないと、思わぬトラブルや不公平感の原因になってしまいます。日本語に慣れていない外国人社員にとって、「知らなかった」「説明されていない」と感じることのないように工夫しましょう。
■ルールの伝え方のチェックポイント
- 社内の就業規則や労働条件を英語版や平易な日本語版で用意する
- 勤怠ルールや有給休暇の取り方などを図解やフローチャートで分かりやすくまとめる
- 困ったときに相談できる人事・労務担当の窓口を伝えている(必要に応じ母国語対応も検討)
実際の現場では「言ってなかった」ことによる誤解ではなく、「伝わってなかった」ことで生じる誤解が非常に多いです。
☆誤解を生む事例
- 残業すれば問題ないと理解し、遅刻が常習化した
- 休日のルールを理解しておらず無断欠勤になってしまった
- 残業申請の方法を知らずトラブルになった
社内ルールの説明資料は多言語版を整備し、研修で理解度を確認しましょう。また、社内規則だけでなく社会保険の案内や福利厚生の説明についても、外国人社員が利用しやすいように噛み砕いた表現や図を用いることが大切です。
以上、オンボーディング編では、受け入れ初期に重視したい5つのポイントを見てきました。
定着支援編では、採用後の長期活躍・定着に向けて企業が継続すべき取組みを5つ挙げます。外国人社員が「この会社にいて良かった」「長く働きたい」と感じる職場づくりの秘訣です。
定着支援編: 定着に向けたサポート – 長期活躍のための5つのポイント

外国人IT人材を受け入れた後、本当に戦力として活躍してもらうには、企業側の支える姿勢と仕組みが重要です。ここからは人事担当者だけでなく、一緒に働く同僚や経営層も巻き込んだ定着支援策を考えてみましょう。多文化共生の職場づくりやキャリア支援を通じて、外国人社員のモチベーションとロイヤルティを高めるための、すぐに使えるヒントを紹介します。
6. 社員全体にも“受け入れ文化”を育てる
外国人の受け入れは、何も人事部門だけの仕事ではありません。企業側の日本人社員一人ひとりが外国人社員のサポーターになるといった意識を持つことで、組織全体に「受け入れ文化」が根づきます。多様な仲間を受け止め、その個性を活かす企業風土を醸成しましょう。
■受け入れ文化醸成のチェックポイント
- 日本人社員向けに異文化理解のワークショップや勉強会を実施している
- 無意識のバイアス(偏見)に気づき、対処するトレーニングを取り入れている
- 部署を越えて「困ったらお互い様で助け合う」風土づくりを推進している
真の受け入れ体制とは、会社全体で外国人社員を温かく迎え入れる“受け止める心”を育むことです。
☆外国人財が「受け入れられている」と感じるポイント
- その国の祝祭日や宗教、食べ物に理解を示す
- 日本人社員が積極的に話しかける、関心を持つ
- 社員がその国の文化や言葉に関心を持つ
- 困っている事がないか聞く
企業の規模に関わらず、「文化の違いは戦力の違い」と捉え、社員全員で異文化理解を深める機会を持つことが定着支援の第一歩です。
7. 外国人社員の評価は公平・明確に ― 理由と道筋をセットで伝達
「自分の頑張りをちゃんと見てもらえているか?」という評価への納得感は、国籍を問わず働く上で非常に重要な要素です。評価が不透明だったり不公平に感じられたりすると、モチベーション低下や離職につながりかねません。これは日本人、外国人に関わらず、世界共通ですが、外国人社員にも明確で理解可能な評価制度を適用し、フィードバックまで丁寧に行いましょう。
■フィードバックのチェックポイント
- 業績・成果の評価基準を書面で明示し、入社時に説明している
- 定期的なフィードバック面談を実施し、良い点・改善点を具体的に伝えている
- 評価結果の理由や次の目標に向けた道筋を、丁寧に説明し、納得を得る努力をしている
曖昧な評価は“やる気の低下”に直結します。特に外国人の場合、日本人以上にキャリアアップへの意欲が高いケースも多いため、透明で公正な評価プロセスは定着の鍵です。
「なぜ自分は昇進できなかったのか」「どこを改善すべきか」が分からない状態は不満の温床になります。逆に、公正な評価と建設的なフィードバックがあれば、外国人社員も将来への希望や目標を明確に持って努力をし、人材定着にもつながるでしょう。
8. 将来像を描ける環境づくり – 外国人社員のキャリアパスと成長支援
外国人IT人材に「この会社に長くいたい」と感じてもらうには、将来のキャリア像を描ける環境を用意することが不可欠です。「ずっと日本で働きたい」「この会社で成長したい」と思えるような支援策を整え、人材を“雇う”から“育ててともに歩む”姿勢へシフトしましょう。
■成長支援のチェックポイント
- 社内でのスキルアップ機会やキャリアパス(昇進要件や異動機会など)を分かりやすく説明している
- 日本語学習や資格取得の支援制度(研修受講、受験費用補助など)を整備し活用を促している
- 在留資格の更新手続きサポートや住宅探し支援など、生活面でのフォローも継続して行っている
単に人材を確保するのではなく、「育ててともに歩む」姿勢を示すことで、外国人社員の会社へのエンゲージメントは飛躍的に高まります。
例えばある調査では、日本企業で働いた外国籍人材の約4割が「日本語研修を受けた」ものの、「キャリアパスの説明」を受けた人は2割に満たなかったと報告されています。このようにキャリア支援が不十分だと、優秀な人材ほど将来に不安を感じて転職してしまう可能性があります。
☆成長支援の主な効果
企業側が明確な昇進モデルや研修計画を提示し、資格取得支援を推進することで、「この会社で成長できる」という展望を持って働いてもらえる
日本で長く働く上で避けて通れない在留資格(ビザ)更新や生活基盤の安定(住居、銀行口座、家族のケア等)に対しても、企業側から継続的な支援があると、「ここまで面倒を見てくれる会社は貴重だ」という信頼が生まれる
9. 多様性を活かす会社のスタンスを示す
“その人らしさ”を活かせる柔軟な職場とはどんな職場をイメージしますか?一人ひとりの個性を大切にする、いわゆる違いを認める風土があるかどうか、に尽きます。企業側がダイバーシティ(人材の多様性)推進に対する会社の明確なスタンスを示すことで、外国人のみならず社員全員のエンゲージメント向上にも寄与します。
■多様性を尊重するチェックポイント
- 社員の国籍や宗教上のニーズに配慮し、宗教祭日の休暇取得やハラール食対応など可能な限り実践している
- 自社のダイバーシティ方針やバリュー(価値観)を文書で明文化し社内外に発信している
- 社員の声を定期的に吸い上げるミニアンケートや定例交流会を設け、多様な意見を経営に活かしている
一人ひとりを尊重する姿勢が「この会社、居心地がいいかも」と感じさせ、定着率アップにつながります。例えば、100を超える国、地域の社員が在籍する楽天グループでは、英語を公用語とすることで、世界中から人材を集めただけでなく、社員の多様性を包括し尊重する企業文化を築いたことが大きな成功要因と言われています。
宗教を尊重するために、社内にお祈りスペースを設置したり、多文化交流イベントを開催したりといった取り組みも有効でしょう。また、外国人社員から定期的に要望を出してもらい、「会社にもっとこうしてほしい」という声に耳を傾けることも大切です。
それぞれの企業の個性を活かした柔軟な対応をすることで、「この会社なら自分の個性やバックグラウンドを理解してくれる」と思ってもらえれば、長期にわたり戦力として活躍してもらえる可能性が高まります。
10. 外国人採用・定着は、専門家のチカラも積極的に借りよう
最後に、外部の専門家やサービスを活用することも検討しましょう。リソースも限られる中、無理に全てを社内だけで完結させる必要はありません。外国人雇用に関する知見を持つプロフェッショナルの力を借りれば、結果的に効率よく定着支援ができます。
■チェックポイント
- 外国人雇用に詳しい社会保険労務士(社労士)や行政書士と連携し、就労ビザ手続きや労務管理のアドバイスを得ている
- ビザ更新手続き代行、社宅の斡旋、日本語研修の委託など、外部の支援サービスを必要に応じて活用している
- 異業種交流会や自治体の多文化共生イベントなどに外国人社員と参加し、社外のネットワークやコミュニティづくりを支援している
「社内の人間だけで何とかする」は実は非効率です。専門家であれば最新の法制度にも通じていますし、本人も気づいていないような課題を予防する提案をしてくれることもあります。
例えば、在留資格やビザ関係は、行政書士に任せることで人事担当者の負担を減らし、更新ミスによる不法滞在リスクを防げます。また、社外の日本語学校やオンライン講座と提携して語学研修を実施したり、エンジニアコミュニティの勉強会に参加させたりするのも有益です。
社外ネットワークが広がれば、外国人社員自身も「日本で働く仲間」が増えて孤立感が薄れます。外の知恵もうまく使って、社内に閉じないサポート体制を築きましょう。
まとめ – 受け入れと定着支援に向けた自己診断

外国人IT人材の受け入れは、もはや一部の大手企業だけの話ではありません。企業の規模に関わらず、一人ひとりに向き合ったきめ細かなサポートが定着を生み出します。日本の深刻なIT人材不足を乗り越えるためにも、多様な人材を活用し、その力を最大限発揮してもらうことがこれからますます重要になるでしょう。
本記事でご紹介したチェックリスト10項目は、自社の受け入れ準備を自己診断する一助となるはずです。まずはできることから一つひとつ取り組んでみてください。小さな改善の積み重ねが、やがて大きな成果(定着率向上や戦力化)につながります。貴社のグローバル人材活用が成功することを心より応援しています!